
川崎病院臨床検査科の変遷
昭和32年(1957年)7月、検査研究科として独立、検査の中央化が図られた。
昭和48年(1973年)本館4階にあった検査部門が移動。別館の3階(生化学・一般)と4階(血液・血清・細菌・病理)中3階に生理検査と救急採血がそれぞれ移動した。
昭和50年代には自動化を中心に設備の更新と内容の充実が図られた。
前半には、平衡機能(めまい)検査、超音波検査、オートスパイロメーター、脳波計、血球計数装置などが導入され、生化学検査のコンピューター化がなされ、オンラインにより機械からの自動取り込みが出来るようになった。
また、後半には血清検査のマイクロタイター化、浸透圧計(京都第一化学A&S-OM6010)、
血液ガス分析装置(ラジオメーターABL-3)、血糖分析装置(京都第一化学GA-1120)、生化学自動分析装置(日立736-20)、血球分析装置(東亜医用電子E-2000)等の更新・導入により、検査の自動化・精度の強化・検査データの正確性の向上と報告の迅速化に務めた。
昭和60年には検査部は別館の4階の部署を3階に集約した。この頃より、医療改正により、「まるめ」の概念が出てきた。
平成10年(1998年)院内オーダリングシステムが稼動した。
南館建設に伴い、平成10年(1998年)11月、本館に生化学・血清・血液・細菌・病理が、南館に生理・一般が移動、別館は壊され、患者様用の駐車場となった。
ただいま、新棟建設に向け、着々と工程が進められている。平成25年には、南館の地下(今現在、放射線科がある)に移動する予定である。全ての部署が集まり、ワンフロアーとなって臨床検査科一丸となって夢ある将来に向け発進するつもりである!!